「年を取りたくない…」老化ノイローゼからの克服

こんにちは!肥後庵の黒坂です。
私は昔から年を取ることに尋常ではない恐怖がありました。もちろん、年を取ることを喜ぶ人はほとんどいないでしょう。あなたもきっと

「もうこれ以上誕生日を迎えたくないな…」

と誕生日が来る度にブルーになっているのではないでしょうか?ですが、私の場合は一時期その度合が病的と思えるレベルでした。それは忘れもしない27歳の時、老後のリアルを書いた「パンドラの箱」を開けてしまったことがきっかけでした。

 

一冊の本を読んで老化恐怖症に

ある日、私は北千住にある図書館で何気なく

「日本人の死に時―そんなに長生きしたいですか」

という本を手に取り、それをそのままカウンターに持っていって借りて読んでみました。借りる前の私は

「へえ、面白い問いかけだなー。長生きしたいと思ってるけど、それって行けないということ!?」

ちょっとした好奇心が背中を押してしまい、満員電車の中で本を開いた私の意識は吸い込まれるように本の世界に連れて行かれました。そこに書かれていたのは当時の私が想像もしないような恐ろしい、だけれども確実に来る未来の姿が描かれていました。老化した後の病苦、肉体の衰え、そして痴呆症…。

「老後は大好きな登山に生きる!」
「潤沢にある時間で書斎にこもって本を読み続ける!」

と豪語していた人たちは膝が痛くて山なんて全然登れなかったり、目が霞んで本が読めないという姿が書かれていました。老後を迎えた人たちは異口同音に

「こんなに老化が辛いとは思わなかった」

と口を揃え、それが恐怖のナイフとなって私の心にグサグサと刺さっていきます。

その後も恐ろしい老後のリアルが続いていき、なんとなく図書館で本を手に取ったことを後悔していました。でもページを読み進める手は止まらず、読了後は駅のベンチで放心状態になっていました。こからは明けても暮れても老化のことばかり考えて過ごしていました。夜寝る時には

「ああ、また一日年を取ってしまったのか…」

ということを考えて半分ノイローゼ気味でしたね。

老化が辛いのは「不可逆的な衰え」

でも今は違います。あれから何年も月日が経過していますが、冷静にこの先にある老化について考え、受け止める心の準備が出来たように思います。生きていれば嫌でも老化の現実を受け入れる時が来るのですが、私の場合は老後を迎えるより早くそれを考える機会があったわけです。

さて、そもそもなぜ人は老化を辛いと思うのか?ということについて考えてみましょう。それは

「これまでの積み重ねをひたすら失っていく一方だ」

と考えるからでしょう。身体能力や脳の細胞、それに外見を考えて20代がピークと考えると次のようなイメージになるのではないでしょうか?

坂道を転がり落ちるように、能力は衰えていき、そして逆に成長することはありえないわけです。今日より明日、明日よりあさっての方が老化している自分がいる、そう考えると何のために生きていくのかよく分からなくなります。ただただ失い続けていく、その日々を過ごす過程が辛いのは当然でしょう。水が坂道を登らないように、人間の細胞や能力も決して若返ることはありません。

 

老化はテクノロジーとスキルでカバーできる

今の私が昔のように老化に対して恐怖を抱いていない理由は、年齢を重ねたらテクノロジーとスキルでカバーすればいいと思っているからです。

インターネットひとつとってみてもすさまじい進歩があるじゃないですか?昔はダイヤルアップ接続でイライラしながら、膨大な時間のロスを垂れ流しながらネットで情報収集をしていた私たちは、今やポケットに入るサイズのスマホで格段に快適に、時短でより濃密な情報収集が可能になりました。今後もどんどんテクノロジーが発展していくことで、若く健康なこの瞬間にもできなかった便利な生活が謳歌できるでしょう。これは年齢とは関係がなく、時間の経過でテクノロジーの発展から得られる恩恵です。

それからスキル。これは頭や体の上手な使い方を経験から学ぶということです。私は高校卒業後にコールセンター派遣をやっていましたが、その頃の仕事の質の悪さは目を覆わんばかりでした。仕事はミスばっかり、記憶違いでお客さまに間違った案内をして怒られるという体たらくです。毎日、寝る前は

「なぜ自分はこんなにミスばかりしているんだ…」

という自己嫌悪タイムでした。その後、大学へいって上京して色んな会社で仕事をする内に仕事術というか、仕事のスキルはグングン身についていきました。コールセンターで働いていた10代の頃より、確実に衰えがあるはずなのですが昔より格段に仕事ができるようになりました。30代になり、経営側の立場にたった今ではスタッフをマネジメントする立場になり、日々仕事のスキルを磨いています。こうしたスキルは磨けば磨くほど、肉体の衰えとは無関係に成長していくもので10代、20代前半のフレッシュな脳と肉体がなくても、より生産性の高い仕事ができるようになります。

老化をしてもスキルとテクノロジーを磨いていけばいい、と考えることで気持ちが楽になりました。

 

その年代ごとにあったスタイルを受け入れればいい

 

10代の頃は走り回っていた記憶しかありません。ゲームに夢中になると朝から夜までぶっ通し、外食をすると牛丼大盛り3倍をぺろりといった具合にすべての行動が勢い任せという感じでした。20代ではこれが椅子に座って学ぶことに膨大な時間を投下し、30代になった今では20代で学んだ知識やスキルを磨き、それを自社で働いてくれているスタッフに伝える段階にいるように思います。30代の今では、10代のときのような勢い任せでは体力や気力が持ちません。でもこのことに失望感はありません。なぜかというと、勢い任せの時以上の生産性を発揮できているからです。


50代、60代になって体力の衰えがあったとしても、今よりたくさんの経験を積んで経済的な余裕はあるでしょうから、お金を払ってどんどん人におまかせしていけば今よりも時短でよい仕事や生活が出来ているのではないかと思います。要するに年代にあったスタイルで過ごせばいいんだと考えるようになりました。そのような割り切りをしたことで、私は老化の衰えを受け入れることが出来ました。

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