10年訓練を積んでたどり着いた両利きの真実とは?

こんにちは!肥後庵の黒坂です。
時々、「自分は両利きだ。字は右手で書いて、お箸は左手を使える」という方にお会いする事があります。そうした人を見ていると確かにサラサラと右手でメモを取り、そしてパクパクとお箸を左手に持って食事をしています。それから「右手でボールを投げ、左足でボールを蹴る」という人もいましたね。なるほど、たしかにできています。

しかし、それは「真の両利き」とは呼べないのではないでしょうか。本当の両利きとはいかなる作業も、左右どちらでも無意識レベルで使いこなせる人のことをいうと私は考えています。そして私は過去10年間かけ、お箸や文字を書くあらゆる動作を左右両方使えるよう、かなり本格的に訓練をしてきました。一応の両利き入門レベルには到達できたので、そこで見た両利きになることの真実をお話したいと思います。

 

そもそも両利きを目指した理由とは?

右利きの人間ならば誰しも一度は憧れるのが「左利き」ではないでしょうか?特に小学校、中学校では左利きの人たちが一目置かれる様子を何度も見てきました。「おいおい!こいつ左利きだよ!すげえ!!」みたいに人だかりができているのを見て、「自分もああなりたい」という欲求が生まれるのを感じました。

しかし、左利きを目指すことを決めたのは、20歳近くになってからでしょうか。当時、そして今もそうですがボケてしまうことに尋常ではない恐怖を感じていた私は、「指先を使う人はボケない」という情報を目にしました。「ピアニストは両手十指をまんべんなく使うからボケない」「料理をすると視覚や味覚、触覚など五感を使う上に手先の器用さを刺激することでボケない」といった話に釘付けになりました。ここではピアニストや料理人が本当にボケないかどうかについては触れないことにしますが、とにかく書籍やネット記事に書いていることを見ると指先を使えば認知症から距離を置くことができそうだ、というぼやっとした動機で両利きを目指すことを決意しました。

 

両利きになる訓練を10年継続

元々がガチンコの右利きですから、両利きになるにはとにかく眠っている左手を起こすべくガリガリ使うしかありません。決意をしたその日から早速左手を使う訓練が始まりました。食事をする時のお箸はもちろん左手、そしてアルファベットのA-Z、ひらがな・カタカナのあ-んまでを1セットと決めて、毎日左手で3セットずつ書くことを自分に課しました。

やり始めてすぐにわかったのですが、ものすごく左手が疲れて訓練が終わったらじんじんします。恐らくムダな力がかかっているのでしょう。最初の頃はムダな力が入りすぎて、すぐに疲れてしまっていた上に判別不可能なほど汚い字しか書くことができませんでした。

しかし、それも1年、2年と続けてくると文字は飛躍的に上手になっていきました。鏡文字も書けるようになりましたし、外出先で頑張って左手で字を書いていると「へえ、左利きなんだ」と声をかけられるようになります。あたかも元々左利きであるかのように誤解されたことが嬉しく、その後も毎日訓練を欠かさず行い、気がつけば10年が過ぎていました。

 

訓練の負荷>生活上のメリット

両利きになる訓練を始めて、10年が過ぎた今ハッキリと自覚できる実用的メリットはかなり少ないと認識しています。一番役に立つには、マウスを左手で操作するので、空いた手でメモを取ることができるということくらいでしょうか(いや、なにげにこれは結構役に立つのですが)。

やってみて気づいたのですが、しばらく左手ばかり使うことを続けていると、今度は右手がなまってしまうのです。お箸を左手だけで使い、3ヶ月後に右手を使おうとしてもうまく手が動きません。もちろん、すぐに慣れて使えるようになるのですが両利きは「不可逆的ではない」ということなのです。文字を書くのも同じで、まとまった期間を左手で文字を書き、いざ右手に戻そうと思っても無理なのです。どちらか使うのを休むと、今度は違う手が動かなくなる、このいたちごっこが次第に嫌になってきました。「最近右手(左手)を使っていないから、鈍らないように使わないと」と思うのが負担に感じてきたのです。

「両利き」というキーワードに憧れを持っている人へ現実をお伝えするならば、両利きになる、そして維持する訓練の負荷は日常生活で享受できるメリットを遥かに上回るということです。

ハッキリいって「両利きになって本当によかった!」と自覚できるメリットはほぼないと言い切っていいでしょう。元々、両利きを目指す動機となった「脳への刺激」については分かりません。意味があるのか?ないのか?調べてみましたが、両利きの効用について科学的なデータは見つかりませんでした。まあその逆に言えることは訓練の負荷のストレスは、確実に存在するということでしょうか(苦笑)。

 

本当の意味での両利きは不可能に近い

そして本当の意味での両利きには恐らくなれないのではないか?というのが、10年やってみて感じたことです。

聞き手の作業はすべて無意識です。右利きの人が右手で歯を磨いても「おお!今自分右手使ってるよ!」なんて思わないですよね?つまり一切意識しないことが、利き手になっているということだと考えるわけです。10年訓練しても左手で字を書くスピードやうまさは右手に遠く及びません。一応、書けることは書けるのですが無意識にさらさらっと速記をするレベルには到達できなかったのです。

これは元々、その人が持っている器用さに依存する部分が大きいのかもしれませんが、かなり本格的に10年訓練をしても無理だったので少なくとも私には永遠に無理なのでしょう。

「両利き」という甘美な響きの裏にある現実に直面したことで、かつてのように本格的な両利き訓練は辞めてしまいました。この10年の厳しい訓練がムダとは思いたくないので、脳に少しでも刺激があったのだろうと自分に言い聞かせて慰めることにします。

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ABOUTこの記事をかいた人

高級果物ギフト「 水菓子 肥後庵」代表

フルーツギフト・贈り物の高級果物専門店「肥後庵」の通販サイトを創業。日々のビジネスの中で培ったギフトノウハウやマナー、心遣いなどを発信しています!一般常識やしきたりにとらわれない「本当に心から喜ばれるギフト」の真理に挑戦しています!

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