「知る」とは後戻りできない一本道を行くことだ

こんにちは!肥後庵の黒坂です。
この間、インタビュー動画を見ていました。その方はインタビューに答える中で「世の中、出来たり、知っていて困ることは何一つありません」といっていたのを聞いてハッとさせられました。「いや、違うぞ。知るということはリスクをはらんでいて、知らないほうが良いことも世の中にあるよ」と思わず私は薄暗い部屋で一人、モニターに向かってそう返してしまいました。

「知ることはリスクである」と聞いて、あなたはどう思うでしょうか?「いやいや、知らないより知っている方がいいに決まっているでしょ!知らないより確実にマシだ」と思うかもしれませんね。でも、私は知ってしまうことで、失われるものもあると考えています。「知る」ということは、いうなれば後戻り出来ない一本道を進むことと同じようなもの。言い方を変えると「非可逆的獲得」でしょうか。

 

行きと帰りでは見える風景が違う

例えば体調不良に悩まされている人がいるとしましょう。

「なんか最近調子が悪いな…一度医者に見てもらわないと」

そう思いつつもなかなか仕事や家事が忙しくて医者にかかる余裕がありません。後で後で、と先送りにしてようやく医者にかかった時に、その人はこう言われてしまいました。

「誠にいいづらいのですが…あなたは肝臓がんです」

と。その帰り、病院へ向かう道中にはまったく気に留めなかった桜の花びらが、とても美しく、そして儚く、可憐に見え、こぼれ落ちる涙が後から後から湧いてきて止まりません。一度ガンと宣告されると、もう自分はガンだと知らなかった時の感覚には戻ることが出来ないのです。これが「後戻りできない一本道」と私が考える所以です。

…この話、実は例え用の作り話ではありません。私の母の姉に起きた実話です。その後、彼女はガンで亡くなってしまったのですが、元々とても気丈で強く、たくましい方でした。それがガン宣告されてからは一気に神経衰弱になってふさぎ込んでしまい、物事の全てをネガティブに捉えてしまうようになったのです。人によって意見は様々あるかもしれませんが、回復の見込みがなく、残された時間が短い患者に対しては、正直に不治の病を告げることが100%その人のためになるかというと、そうとも言い切れないかもしれないと思うようになりました。

一度知ってしまうと、二度と知らなかった時の状態には後戻り出来ません。それはいいことも、悪いことも同じです。

 

知らない方が良いことが世の中にはある

知識を得る、ノウハウを獲得する、というのは一見いいことばかりに思えます。しかし、世の中には知らない方が良いこともたくさんあるのです。

私は学生時代、友人Bから「友人Aが昨日、黒坂の悪口を言っていたよ」と聞かされました。私はA君とはとても仲が良く、よく遊びに行っていたので彼がそんな陰口を言うなんて信じられませんでした。あまりにもショックで毎晩、夜寝る時に「彼はなんで自分の悪口を言ったのか?」「自分の何がダメだったのか?」ということをずーっとぐるぐる考え、それは眠れぬ夜を過ごしたものです。でも日中、A君に会うとけろりとしています。一緒にいても「こんなに楽しそうにしていても、実は自分の事を嫌だと思っているのでは?」と考えてしまい、次第に関係がギクシャクしていつしか疎遠になってしまったのです。数年後、偶然にA君と連絡を取ってその話を出した時に「よく覚えてないけど、多分、話の流れでBの話に合わせてそういったのだと思う」というのを聞いて10数年ぶりにスッとしました。A君はBの話に合わせてそういっただけで、本音では私のことを悪くもなんとも思っていなかったのです。この時、私は少しだけBを恨みました。彼があんな事を言わなければ、あんなに思い悩むことはなかったのに、と。そして同時に「知ることはリスクだ。一度知ってしまったら、あの話を聞く前の状態には戻れないのだ」ということを理解できた気がしました。

 

ブータンが幸せなのは豊かな生活を知らないからかもしれない

ブータンという国があります。2016年の名目GDPは2.12億ドルで191カ国中164位、お世辞にも豊かな国とは言えません。しかし、彼らは幸福度が高く国民総幸福量(GDH)ではデンマークやスイスなど北欧に並ぶ順位を見せており、国民の90%が「自分は幸せだ」と答えているのです。その生活は質素そのものだそうですが、物質的・経済的な豊かさはなくても幸せに感じている理由の一つには「豊かな生活を知らないから」ということではないでしょうか?

かたや世界第3位の日本はどうでしょうか?日本は紛れもなく、豊かな国だと私は思っています。外を歩いても強盗に怯えながら歩くことはありませんし、街中が清潔で人も親切です。餓死する人も他国に比べると圧倒的に少ないです。しかし、時々この国の先行きに驚くほどネガティブに考えている人にお会いすることがあり、特にそれは中年以降の年代の方に多いように感じます。

「日本は貧しくなった」
「もはや大国ではない。これからの未来がどうなるか心配」

というのです。貧しいとか、これからが不安だというのは、何かと比較した「相対的な感覚」じゃないですか?何と比較しているかというと、一人あたりのGDP世界一位の頃とか、そういったバブル絶頂期を過ごした体験からだと思うわけです。確かに過去と比べると、世界の中で見た日本の存在感は昔ほどないのかもしれません。でも、今現在は他の多くの国と比べて間違いなく豊かな生活を送っていると思うんですよね。日本の将来への不安は、昔の日本を知っているからこそ湧き上がってくるもので、今の若者は年配者ほど日本の未来に絶望感を持っていないのではないでしょうか。なぜかというと、バブル絶頂期を知らないからです。日経平均株価が38,000円と比較すると確かに少なく思えますが、外国人がたくさん株を買い求めるほど魅力のある日本という国は今でも十分すごいと思うんですよね。私なんかは「自分はバブル絶頂期を知らなくてよかった」と思っています。知らないからこそ、現時点の経済情勢から物事を考えられるので時代の感覚から置いてけぼりを食らうこともないと思っています。

知ることで得られるものもありますが、同時に二度と知らない状態には戻れません。知る、ということのリスクを理解して生きていきたいと思っています。

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高級果物ギフト「 水菓子 肥後庵」代表

フルーツギフト・贈り物の高級果物専門店「肥後庵」の通販サイトを創業。日々のビジネスの中で培ったギフトノウハウやマナー、心遣いなどを発信しています!一般常識やしきたりにとらわれない「本当に心から喜ばれるギフト」の真理に挑戦しています!

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