その人の知性は、異なる意見を目の当たりにした時に見える

こんにちは!黒坂岳央(くろさか たけを)です。
※Twitterアカウントはこちら→@takeokurosaka

インターネット上には「クソコメ」「クソレビュー」と呼ばれる、知的でない書き込みがあります。書いた本人は何気なく書き込んだかもしれませんが、こうした書き込みには「自分は大局的、多面的視野を持っていません」という、残念な自己紹介になっているケースが見られます。そして悲しいことに、私の著書にも根拠なきクソレビューがついてしまっています(笑、どなたかポジティブなレビューを書いてくださいw)。

このような意図しないマイナスの自己紹介をしてしまわないよう、気をつけたいものです。

 

クソコメ、クソレビューの定義

そもそもクソコメ、クソレビューとはなんでしょうか。これに該当する要素は2つあります。

1つ目:自分と異なる意見に対して、建設的議論ではなく「自分の正当性」を主張する事に主眼が置かれた論理展開になっているもの。
2つ目:議論のテーマがズレて、自分の言いたいことを一方的に主張しているもの。

そもそも人には人の数だけ意見が存在します。「男は割り勘をするべき」というテーマ一つとっても、

「男女の給与格差は是正されて来ているので、割り勘であるべきだ」…割り勘派
「奢るということもエスコートの一つだから、恋愛のフェーズでは奢ってほしい」…男性が奢るべき派
「たくさん食べた方が多めに負担するという感じでいこう」…合理的割り勘派

など、いくつも意見があり、どれも正解はありません。当然、自分が受け入れたくない意見を相手が持っているケースもあるので、「なるほど、あなたの意見は私とはこういう点で違うんだね」と、意見の相違ポイントを交換しあう事はやってもいいと思います。むしろ、そのようなコミュニケーションこそが、自分が持っていない気づきや、新たな視点を得られる有意義な時間になると思うのです。

 

自分の異なる意見を「間違い」と思う残念な人たち

しかし、「自分の世界観が正しい。相手も同じ世界観であるべき」と思うと問題が起こります。これが上述した問題の1つ目に当たります。

「黒坂岳央は英語は読解を中心にトレーニングをすると、学習効率がよいと考えています」と本に書いて世の中に出したわけですが、

「それは間違いだ!この人は詐欺師だ」
「読解だけでは英会話力は高まらない。間違いを認めろ」

と何の裏付けデータもなく、一方的に主張をされても議論が成り立ちません。言うなれば、

「黒坂はカレーがとても素晴らしい食べ物だと思う。カレーはおいしいだけでなく、好き嫌いをする人もあまりおらず、実は健康的なメリットも存在する」

という主張に対して、

「いや、カレーはダメだ。イタリアンでなければありえない。カレーが良いというのはおかしい考えだ」

といった反論をされるようなものです。イタリアンも、カレーも、和食も、フレンチも全部いいところがそれぞれあるんじゃないか?と思うのですが、単眼思考に陥ると自分が信仰する流派以外は全否定的になってしまいます。

「相手と自分は違う意見を持っている」、相手とのコミュニケーションは、これを認めることからはじまります。それを「自分の考えている流派に歪めよう」という動機を持っているということは、傲慢だと感じてしまいます。

そもそも世の中の多くのテーマは、白黒ハッキリつけられないものがほとんどです。

発電の手段はは原発を使うか?否か?
消費税増税のタイミングは?
男女平等社会は何をどこまで推進するべきか?

こうした答えがハッキリしない問題は、100%絶対確実なものなどありません。ですので、「自分の考えが絶対正しい。ほかは間違い」と主張することは本来不可能なはずです。そのようなテーマで正当性を主張するのは、クソコメ、クソレビューに思えてしまうのです。

 

「自分の言いたいことを言う」のが目的化していないか?

コミュニケーションの本質とは、キャチボールになっていることです。相手の求めることを受け取り、そしてボールを投げ返す…。このやり取りがコミュニケーションです。

しかし、相手の求める事は無視して「自分の言いたいこと、主張したいこと」を伝える事が目的化している、そんな書き込みを見かけることがあります。例えばYahoo知恵袋や、教えてgooといったお悩み相談掲示板では、質問者が

「こういう境遇の自分は、これからどうしたらいいでしょうか?」

と悩みを相談しているのに、

「自分はあーだった、こーだった(大抵は自慢話が延々と続く)」

と回答してケースをよく見るのですが、これではまったくコミュニケーションが成立していません。悩みの解消にならないコメントにより、ムダな時間を浪費し、ムダなサーバーリソースの消費にしかならないわけですから、まさにクソコメになってしまうわけです。

コミュニケーションとは、自分の主張したい事を相手に伝えることではありません。キャチボールになっていない会話は、迷惑な演説でしかないのです。

 

異なる意見を聞くのが「知恵者」

自分と異なる意見を真摯に聞き、冷静に建設的な意見を返せる人は知恵のある人です。なぜなら、自分と異なる意見を聞くのは、かなりの知性を要求されるからです。

人間は本質的に自分の見たいものしか見えず、知りたいことしか聞こえず、信じたい事しか信じない動物です。心理学的に「カラーバス効果」と呼ばれており、「来週マレーシアへいく」と決まった人は、マレーシアに関する情報が積極的に入ってきて、それ以外は自動的にフィルタリングしてしまうようになります。

ですので、自分が聞きたくない、異なる意見は基本的にフィルタリングしたくなるのが人間の本質です。しかし、湧き上がる不快感を抑えて、相手の意見を尊重し、傾聴した上で良いところを取り入れて、相手に伝えるべきことは伝えるという行為は「感情は不快に感じても、社会的、個人的にはこの行為により利を得られる」と脳の知性で本能を乗り越えられる人だけができることなのです。

私も出版した本や、雑誌のコラム、ネットの記事で散々叩かれてきました。最初はイチイチショックを受け、がっかりしていたのですが、最近ではすっかり気持ちの持ち方が変わってきました。「建設的意見を出せる人が少数派である」ということを理解してからは、

「そう思わせないよう、もう少し書き方の工夫をしよう」
「批判が出るのは読まれている証拠だよね」

と、冷静に捉える事が出来るようになりました。でも、自分は建設的意見を出せる側でいたいと思います。

黒坂岳央の公式メールマガジン

黒坂岳央の公式メールマガジン

無料で不定期配信している「黒坂岳央の公式メールマガジン」。ためになる情報や、読者限定企画、イベントのご案内、非公開動画や音声も配信します。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください